東京地方裁判所 昭和39年(ワ)10840号 判決 1967年12月19日
原告 野村志郎
右訴訟代理人弁護士 安達幸次郎
右訴訟復代理人弁護士 竹石辰蔵
被告 東洋観光興業株式会社
右訴訟代理人弁護士 磯村義利
同 太田常雄
同 斎藤治
同 伊沢安夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告の求めた裁判
昭和三九年八月二八日開催された被告の第三五回定時株主総会における
「第三五期営業報告書、貸借対照表、損益計算書および利益剰余金処分案を承認する。
笹川良一、竹井博友、長尾貫一、太田信義、岡村二一および杉田泰三を取締役に選任する。」
旨の各決議は、いずれもこれを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告の求めた裁判
主文と同旨
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
(一) 原告は、被告の五万株の株式を有する株主である。
(二) 被告は、昭和三九年八月二八日東京都千代田区大手町二丁目二番地野村ビル内永楽倶楽部において、第三五回定時株主総会を開催し、被告の第三五期(昭和三九年一月一日から同年六月三〇日まで)の営業報告書、貸借対照表、損益計算書および利益剰余金処分案を承認する旨の決議ならびに訴外笹川良一、同竹井博友、同長尾貫一、同太田信義、同岡村二一および同杉田泰三を取締役に選任する旨の決議をした。
(三) ところで、右各決議は、被告の発行済株式総数一、九一九万五、〇〇〇株のうち、八六七万五、八五六株を有する株主が出席し(委任状提出分も含む。)、その株主によってなされたものであるが、右決議には、議決権を行使しえない被告の自己株一〇〇万株の議決権が行使された違法があるから、右各決議は、いずれも著しく不公正な方法による決議として取消されるべきものである。
(四) 被告が、右自己株を取得するに至ったのは次のような事情からである。すなわち、
(1) 被告は、昭和二一年七月一三日設立され、その株式は間もなく東京証券取立所第一部市場に上場されて今日に至っているが、資本の額に比例する利益をあげることができずむしろ赤字経営に終始していた。そこで被告は、貸借対照表、損益計算書等の計数上の表示を操作して利益を計上しようと企図し、昭和三八年四月ころ横浜市中区吉浜町一四番の六、宅地一三一八・二三坪ほか一筆合計二五六七・七三坪(区画整理により二三六一・一一坪に減少。以下本件土地という)の所有者である訴外米船運航株式会社が清算手続中で、右土地を一億九、〇〇〇万円で売却処分する意思のあること聞知するや、これを、被告において買い取り、他に処分して売却利益を計上するよりは、第三者に買い取らせ、その第三者に現物出資させて新株を発行し、被告の株式の市場価格をもって右新株の発行価格とすれば、当時の市場価格が一株九五円であるところから、二〇〇万株をもって右土地代金一億九、〇〇〇万円に代えられること、かかる方法をとれば、額面超過額である一株につき四五円は資本準備金に繰り入れられ、繰越欠損金を償却できること等から、訴外中部開発株式会社と折衝して、右土地を同訴外会社に買い取らせ、その売買代金を被告が同訴外会社名で訴外米船運航株式会社に支払い、その所有名義を訴外中部開発株式会社に移転したうえ、同訴外会社から右土地の現物出資をうけて、増資手続をとることとした。
(2) そして、被告は、昭和三八年四月一七日開催の取締役会において、現物出資により新株を発行すること、現物出資者を訴外中部開発株式会社とし、その目的財産を本件土地とすること、現物出資者に対して与える株式は額面株式二〇〇万株とすること等を決定し、同年六月一日右決定にもとづき、一億円の増資手続をなし、同時に右訴外会社に額面株式二〇〇万株の株券を発行交付した。
(3) また、被告会社は、右増資につき、訴外中部開発株式会社名で訴外米船運航株式会社に本件土地代金一億九、〇〇万円を支払い、さらに訴外中部開発株式会社が右土地代金につき、被告から他日異議苦情等の申出のあることをおもんぱかって被告に念書の交付を要求したのに対し被告は、金銭貸借でないから、元本ならびに利息の請求はもとより、その他の迷惑をかけない趣旨の念書を差し入れ、かつ右増資により発行した新株券は同訴外会社から白地式裏書をうけて被告が所持するに至った。
(4) 以上の事実によれば、被告は自己資金をもって本件土地を買い取り、訴外中部開発株式会社名を借りて買主とし、その所有権移転登記を経たうえ、被告の意思にもとづいて現物出資の手続をなしたものであり、同訴外会社は単に買主および現物出資者としての名義を貸与したものにすぎない。したがって、同訴外会社に与えられた株式二〇〇万株は、被告が自己の計算において同訴外会社名義で取得したものであり、被告の自己株というべきである。
そして、その後被告は、右二〇〇万株のうち一〇〇万株を他に譲渡し、本件決議当時一〇〇万株を所有していたものである。
(五) 本件株主総会において、被告の所有する右一〇〇万株の株式の議決権の行使は、訴外中部開発株式会社の委任状によって行なわれ、決議賛成の意思表示がなされたが、右株式は被告の自己株式として、議決権の行使の許されないものであるから、右株式が加わってなされた本件株主総会の前記各決議は著しく不公正な方法によってなされたものというべきであり、取り消しを免れない。
二、被告の答弁
(一) 請求原因(一)および(二)の事実は認める。同(三)の事実のうち、被告の発行済株式総数が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件決議時に出席し議決権を行使した株主の有する株式数は、委任状によるものを含めて九二九万〇、〇〇六株である。同(四)(1)の事実のうち、被告が昭和二一年七月一三日設立され、間もなくその株式が東京証券取引所第一部市場に上場されて今日に至ったこと、原告主張のころ訴外米船運航株式会社が本件土地を所有していたことは認めるが、その余は否認する。同(2)の事実は認める。同(3)の事実のうち、被告が訴外中部開発株式会社の支払うべき本件土地の売買代金一億九、〇〇〇万円の立替払いをしたことは認めるが、その余は否認する。
同(4)の事実は否認する。同(五)の事実のうち、原告主張の一〇〇万株の株式の議決権が本件各決議に加わり、賛成の意思表示がなされたことは認めるが、その余は否認する。
(二) 被告は、本件新株発行の過程において、訴外中部開発株式会社の支払うべき本件土地の売買代金一億九、〇〇〇万円の立替払をしたが、これは同訴外会社の要請により支払資金を融通したものであり、右立替金は、同訴外会社より、昭和三八年六月九、五〇〇万円、昭和三九年八月五、六〇〇万円さらに同年一一月三、九〇〇万円と三回にわたって返済をうけたものであって、本件土地の所有権を訴外米船運航株式会社から取得したのは、訴外中部開発株式会社である。そして、被告は、原告主張のとおりの現物出資による新株発行に関する取締役会の決定にもとづき、昭和三八年五月三一日同訴外会社から現物出資の目的たる本件土地の給付をうけ、これに対し、本件株式を含む二〇〇万株の株券を同訴外会社に対して発行交付したものである。
(三) かりに、本件株式が被告の自己株式であり、その議決権を本件株主総会における前記各決議に参加させたことが、違法であるとしても、その違法は決議の結果に異動を及ぼすものではないから、原告の本訴請求は棄却されるべきである。すなわち、本件株主総会当時被告の発行済株式総数は、一、九一九万五、〇〇〇株であり、本件各決議当時出席した株主の所有株式数は九二九万〇、〇〇六株であるところ、右各決議はすべて満場一致で可決されたものである。したがって、原告主張の一〇〇万株の株式を除外しても、本件株主総会の出席株式数は差引八二九万〇、〇〇六株となり、これは被告の定款上取締役選任に必要な定足数である発行済株式総数の三分の一を上回り、かつ右各決議につき出席株主全員の賛成をえているのであるから、決議の結果に影響をうけることは全くなく、原告主張の一〇〇万株の株式を右各決議に参加させなかったとしても、異なった決議のなされる可能性はなかったものといわなければならない。かかる場合は、株主の株主総会決議取消請求は棄却されるべきである。
第三、証拠<省略>。
理由
一、原告が、被告の五万株の株式を有する株主であること、被告が、昭和三八年八月二八日第三五回定時株主総会を開催し、請求原因(二)記載のとおりの各決議をなしたこと、右株主総会当時被告の発行済株式総数が一、九一九万五、〇〇〇株であったことはいずれも当事者間に争いがない。
二、(1) 被告が、同年四月一七日開催の取締役会において、現物出資により新株を発行すること、現物出資者を訴外中部開発株式会社、その目的財産を本件土地とすること、右現物出資者に対し、二〇〇万株の額面株式を与えること等を決定し、右決定にもとづき、被告が同年六月一日一億円の増資をなし、同時に同訴外会社に対し、額面株式二〇〇万株の株券を発行交付したこと、右株式のうち一〇〇万株の株式につき本件株主総会の前記決議において同訴外会社の委任状によって議決権が行使されたこともまた、当事者間に争いがない。
(2) 原告は、右現物出資に対し発行された右株式は、被告の自己株である旨主張するので、まずこの点につき判断する。<証拠省略>を綜合すると、次の事実、すなわち、「被告は、かねてから経営不振であって、欠損金の解消に苦慮していたが、たまたま、昭和三七年ころ、訴外米船運航株式会社が、その所有にかる本件土地を約一億九、〇〇〇万円で売却する意図のあることを聞知し、これを現物出資として取得すれば、当時被告の額面五〇円の一株の株価が一〇〇円前後であったところから、かなり多額の資本準備金を積み立てることができ、赤字の解消に資することができると考え、同訴外会社から直接現物出資をうけようとしたが、同訴外会社が清算中であったため、被告の株式を取得することができず、これが不可能であった。そこで、被告は、訴外中部開発株式会社に対し、同訴外会社が右土地を買い取り、これを被告に現物出資するよう折衝してその諒解をえ、右訴外会社が、訴外株式会社白ばら会館を通じて訴外米船運航株式会社から本件土地を取得するに際しては、その売買代金一億九、〇〇〇万円を同訴外会社に代って右売主に支払うなど同訴外会社に協力する一方、昭和三八年四月一七日開催の取締役会において、本件現物出資による新株発行に関し、前記のとおりの決定をなし、右決定にもとづき同年五月三一日同訴外会社から現物出資として本件土地の給付をうけ、同年六月一日同訴外会社に対し、二〇〇万株の株券を発行、交付したものである。そして、被告が右売買代金の代位弁済のために出捐した金員は、同訴外会社が右株式を他に売却して得た株代金のなかから、同年六月より昭和三九年一一月までの間に全額返済をうけており、他方、同訴外会社においても、右株式の売却により利益をえたものである。」ことを認めることができ他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定の事実によれば、被告は、訴外中部開発株式会社に対し、本件土地を取得して被告に現物出資することを依頼するとともに、その代金全額を立て替える等かなり緊密な連絡のもとに本件現物出資手続をなしたことは明らかであるが、右は現物出資の場合に、現物出資をなす者とこれをうける者との間に認められる関係にとどまるものというべきであり、それをこえて、被告が訴外中部開発株式会社の名をかりて本件土地を取得し、現物出資の形式をとったとか、本件株式を被告が自己の計算において取得したとかまでいうことはできない。その他本件全立証をもってしても、原告の右主張を認めるに足る証拠はない。
三、してみれば、本件決議につき被告の自己株一〇〇万株の議決権が行使されたことを前提とする、原告の本訴請求は、理由がないから、これを失当として棄却することとし、<以下省略>。
(裁判長裁判官 位野木益雄 裁判官 田宮重男 柴田保幸)